今の彼女は父親がいない
7年前ほどに事故で亡くなったらしい。
「らしい」
というのは死因が少し複雑だからだ。
ある日「山に登ってくる」と出かけたきり
深夜になっても帰らない。とうとう彼女の母親が
警察に捜索願を出したらしい。
2、3日たった後 彼女の家に
「父親が見つかりました、谷底に滑落して死亡していた模様です」
と連絡があった。
親類や警察がよってたかって「自殺だ」と言い放ったそうだ。
「なぜ気づいてやらなかったのだ」とも
実際彼女の父親に会ったことはないので
どんな人間だったのかも知ることはできないが
今までの父親の話を聞く限りでは、自殺はありえないと思う。
父親が滑落していた場所には自分の傘が落ちていたらしい。
だからといって彼女は「きっと殺されたのだ」などとは言わないし
「自殺」もないと思っている。
真相はもはや知る由もないが「いってきます」と
出て行った人間が帰ってこず、しかもようやく戻ってきたときは
死んでいたなんて事はとても想像できない
当たり前にあった生活が180度変わってしまうのだから。
彼女は僕が出かけると 帰ってきて連絡をするまでずっと起きている。
多分頭ではあんな事件はそうそう起きるわけが無いのは分かっていても
眠ることが出来ないのだろうと思う。
まだほんの一部しか覗いてはいないが
彼女の中にある影の部分はきっと深いのだろう
普段一緒にいてもまったく表には出さないが
いつか全部をひっくるめて彼女を知りたいと
今は思う。